有鉛ガソリンの歴史と無鉛化の仕組みとは?旧車の対策も解説

車・バイクネタ集

有鉛ガソリン車から無鉛ガソリン車への移行は、自動車の歴史において「公害対策」と「エンジン技術の革新」が絡み合う非常に重要な転換点です。

今回は、ご質問いただいた「有鉛ガソリン車の歴史」と、エンジンがどのように「無鉛化」に対応していったかという技術的な歴史について解説します。

1. 有鉛ガソリンとは何だったのか?

かつてガソリンには「四エチル鉛」という人体に有毒な鉛化合物が添加されていました。これを「有鉛ガソリン」と呼びます。
鉛を入れていた主な理由は2つありました。

有鉛ガソリンの役割
  • オクタン価の向上(ノッキング防止):
    安価にオクタン価を上げることができ、エンジンの異常燃焼を防いでパワーを出すことができました。
  • バルブシートの保護(潤滑作用):
    鉛が燃焼すると、エンジンの「バルブ(吸排気弁)」と「バルブシート(弁座)」の接触面にクッションのような保護膜を作ります。これにより、金属同士の摩耗を防いでいました。

2. 有鉛ガソリン車の歴史と廃止の背景

1920年代〜:普及期

アメリカで開発され、エンジンの高出力化に伴い世界中で普及しました。特に第2次世界大戦や戦後のモータリゼーションにおいて、高性能エンジンの実現に不可欠な燃料でした。

1970年代:転換期(公害と健康被害)

1970年代に入ると、以下の2つの大きな理由から「脱・有鉛」の動きが加速しました。

  1. 人体への悪影響:
    鉛中毒の危険性が指摘されました。日本では1970年(昭和45年)に「牛込柳町鉛中毒事件」が報道され、社会問題となりました(※後の調査で因果関係に議論はありましたが、無鉛化の決定打となりました)。
  2. 触媒(キャタライザー)の導入:
    排ガス規制に対応するため、排ガス浄化装置「触媒」の装着が必要になりました。しかし、鉛は触媒に付着して機能を破壊してしまう(被毒)ため、触媒付きの車には有鉛ガソリンが使えなかったのです。
廃止へのタイムライン(日本)
  • 1972年(昭和47年): 新車のエンジンが無鉛対策仕様に切り替わり始める。
  • 1975年(昭和50年): レギュラーガソリンの完全無鉛化。
  • 1987年(昭和62年): 有鉛ハイオクの生産終了(完全無鉛化)。

3. エンジンの「無鉛化」技術の歴史

有鉛ガソリンがなくなると、前述の「バルブシートの保護膜」がなくなります。そのまま古い有鉛仕様のエンジンで無鉛ガソリンを使って走り続けると、「バルブシート・リセッション(弁座の摩耗陥没)」というトラブルが起きました。

これは、バルブがバルブシートを叩きながら潜り込んでいってしまう現象で、圧縮漏れやエンジンの破損につながります。これを防ぐために行われたのがエンジンの無鉛化(対策)です。

メーカーによる対策(1970年代前半〜)

自動車メーカーは、鉛の保護膜がなくても摩耗しない「硬いバルブシート」を開発しました。

  • 材質の変更: 従来の柔らかい鋳鉄製などから、焼結合金(特殊な硬い金属)製のバルブシートに変更されました。
  • ステッカーによる識別: 過渡期には、その車がどのガソリンに対応しているかを示すステッカーがリアガラス等に貼られました。
    (青色=無鉛車、赤色=有鉛車、橙色=高速有鉛)

ユーザー側の対策(旧車オーナーの対応)

現在、当時の「有鉛仕様車(旧車)」に乗る場合、以下のいずれかの対策が行われています。

有鉛代用添加剤を入れる
給油のたびに鉛の代わりとなる成分(ナトリウム系など)が入った添加剤を混ぜ、バルブシートを保護する。
エンジンの無鉛化改造
エンジンのヘッドを開け、バルブシートを現代の「無鉛対応(焼結合金)」のものに打ち替える加工を行う。

まとめ

有鉛ガソリン車の歴史は、「パワー(鉛の恩恵)を求めた時代」から「環境(鉛の排除)を優先する時代」への移行の歴史でした。

エンジン技術としては、「燃料の成分(鉛)に頼って摩耗を防いでいた」状態から、「材料技術(焼結合金)の進化によって燃料に頼らず耐久性を確保した」という進化の過程と言えます。

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